てる、鉄の小さな寝台――父や母の肖像――塔と鏡のような池とをもった田舎《いなか》の町を示してる古い写真、などの上に彼の眼は落ちた。それから、黙って仕事をしてる姉の蒼《あお》ざめた顔を見ると、彼女にたいする深い憐憫《れんびん》と自分自身にたいする腹だちとに、彼はとらわれるのだった。そこで彼ははっと我に返って、ぼんやりしてたことをいらだった。そして元気に勉強を始めて、無駄《むだ》にした時間を取り返そうとした。
休みの日には書物を読んだ。二人は別々に読んだ。たがいに愛情をいだいてはいたけれど、同じ書物を声高くいっしょに読むことはできなかった。慎みが足りないように思われて厭《いや》だった。りっぱな書物は、心の沈黙のうちにのみささやかるべき秘密のようだった。あるページが非常に面白いときには、彼らはそれを相手に読んできかせはしないで、その部分に指をあてて書物を渡し合った。そして言った。
「読んでごらんなさい。」
そして一人が読んでる間、それを読んでしまった方は、眼を輝かしながら、相手の顔に現われる情緒を見守っていた。そしていっしょにその情緒を楽しんだ。
しかし多くは、書物を前にして肱《ひじ》
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