かと恐れて、あまり彼の方をのぞき込むことができなかった。
彼はその日々をとりとめもなく過ごしてゆく自由気ままな年齢――幸福な年齢――に達していた。清らかな額《ひたい》、ときどき黒い隈《くま》で縁取られる、ずるそうな率直な娘らしい眼、大きな口、その唇《くちびる》は乳飲み子のようにふくれ上がって、悪戯児《いたずらっこ》らしい上の空のぼんやりした多少ゆがみ加減の微笑を浮かべるのだった。多すぎる髪は、眼のところまでたれていて、首筋のところでは髻《もとどり》のようになり、かたい一|房《ふさ》の毛は後ろへ巻き上がっていた。首のまわりにゆるいネクタイ――(姉がそれを毎朝丁寧に結んでくれた)――短い上着、そのボタンはいくら姉から縫いつけてもらってもすぐに取れた。カフスはつけなかった。手首の骨立った大きい手をしていた。嘲笑《ちょうしょう》的な眠たそうな恍惚《こうこつ》とした様子で、いつまでもぼんやりしていた。つまらぬことをも面白がるその眼は、アントアネットの室の中を見回していた――(勉強の机はアントアネットの室に置いてあるのだった)――黄楊《つげ》の小枝といっしょに象牙《ぞうげ》の十字架が上方にかかっ
前へ
次へ
全197ページ中106ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング