夫にすぎなかった。しかるに今突然その実相が彼の前に現われて、彼女は彼をとらえてしまった。彼はその厳《おごそ》かな物語の悲壮な凄《すご》みに心打たれながら、読みつづけていった。ジャンヌがその夕方死ぬことを知って、恐怖のあまり気を失うところまで読んだ時、彼の手は震えだし、涙が出てきて、読みつづけられなかった。彼は病気のために弱っていて、みずから腹だたしいほどおかしな多感性になっていた。――彼は読み終えようとしたが、もう間に合わなかった。古本屋は箱をしまいかけていた。彼はその本を買おうときめた。ポケットを探ってみると、わずか六スーしか残っていなかった。これほど貧しいのも珍しいことではなかった。彼は別に気をもみはしなかった。食物を購《あがな》ったばかりだった。翌日ヘヒトのところへ行けば、楽譜の稿料として多少の金をもらえるはずだった。しかし、翌日まで待つのはつらかった。なぜ先刻、わずかな残金を食物の代に費やしたのか。ポケットにあるパンと腸詰《ちようづめ》とを、古本屋へ書物の代として提供することができるなら!
翌朝ごく早く、彼は金をもらいにヘヒトの家へ出かけた。しかし、戦いの大天使――ジャンヌの
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