。それは彼にとって、音楽中の最も美しい音楽であり、パリー唯一の音楽だった。彼は夕方、河岸通りや古いフランスの庭園で、幾時間も過ごしながら、紫色の靄《もや》に浸ってる大木、灰色の像や柱頭、幾世紀もの光を吸収した王政時代の塔碑の苔生《こけむ》した石、それらの上に射《さ》している光線の諧調《かいちょう》を――細やかな日光と乳白色の水蒸気とでできてる、その微妙な大気を味わった。その大気には、銀色の埃《ほこり》の中に、民族のにこやかな精神が漂っていた。
 ある晩彼は、サン・ミシェルの橋の近くの欄壁にもたれて、河の水をながめながら、欄壁の上に並んでるある古本屋の書物を、何気なくいじっていた。そしてふとミシュレーの端本《はほん》をひらいた。彼はかつてこの史家の数ページを読んだことがあったけれど、そのフランス式な誇張や言語の陶酔や性急な調子などのために、あまり面白く思わなかった。ところがその晩は、初めから感動させられた。それはジャンヌ・ダルクの裁判の終わりの方だった。彼はシルレルの作でこのオルレアンの少女のことは知っていた。しかしこれまで彼女は彼にとって、大詩人から想像的生活を与えられてる架空的な女丈
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