な正直さを見て驚いた。それは道徳の事柄ではなかった。本能と矜持《きょうじ》との事柄だった。彼女は貴族的な自尊心をもっていた。民衆とは平民のことであると信ずるのは、愚かの至りである。中流階級にも賤民《せんみん》の魂があると同じく、民衆にも貴族がある。他人よりも純潔な本能を、おそらくは血潮を、もっていて、それをみずから知り、自分の真価を意識し、頽廃《たいはい》しないという衿持をもっている人々こそ、貴族というべきである。彼らは少数者である。しかし、たとい彼らは孤立していても、彼らこそ第一人者であることはよくわかる。そして彼らがその場にいるだけでも、他の人々にとっては一つの抑制となる。他の人々は、彼らを模範としあるいは彼らの真似《まね》をすることを、おのずから強《し》いられる。いずれの地方も、いずれの村も、人間のいかなる集団も、ある程度までは、その貴族と同じ性質を帯びる。その貴族らの性質に従って、ある所では世論がきわめて厳格であり、ある所では弛緩《しかん》している。現今のごとき多数者の無秩序な跋扈《ばっこ》も、黙々たる少数者の恒久《こうきゅう》的権威を、なんら変じはしないであろう。彼ら少数者に
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