も考えていなかった。国を離れるという考えは、彼女の頭にはいることができなかった。彼女は言っていた。
「どこへ行っても石は堅いものです。」
 彼女のうちには懐疑的な冷笑的な宿命観の素質があった。信念をあまりもたず、あるいはまったくもたず、生存の知的理由をあまりもたず、しかも根強い生活力をもってる人種――さほど生を愛してはいないが、しかも生にかじりついて、勇気を維持するために人為的な鼓舞を必要とせず、勤勉で冷静で、不満でしかも従順な、フランスの田舎《いなか》者、その仲間で彼女はあった。
 そのことをまだよく知らなかったクリストフは、この単純な女のうちに、なんらの信条にも偏しない心を見出して驚いた。彼女が楽しみも目的もなしにただ生に執着してることを、彼は驚嘆し、何物にも頼らない彼女の頑強《がんきょう》な道徳心を、ことに驚嘆した。彼がこれまでフランスの民衆を見たのは、自然主義の小説や現代の小文士の理論などを通してであった。それらの小文士は、牧歌時代や革命時代の人々と反対に、自分自身の悪徳を正当化せんがために、自然の人間を不徳なる動物と見なしがちであった……。ところがクリストフは、シドニーの一徹
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