ラテン芸術を見るの準備を彼に与えはしなかった。土の匂《にお》いがし、土から発する勇ましい猛獣格闘者の粗野な匂いがする、その獰猛《どうもう》な天才から受ける刺激が、クリストフの心の中には残っていた。彼の眼は、その酔える野人の、生々《なまなま》しい光に焼かれ、熱狂的な雑色に慣れていたので、フランス芸術の薄ぼかしの色や細分された柔らかな語調などには、なかなか調和しがたかった。
しかしながら、人は異なった世界に無難で生き得るものではない。いつしかその影響を受ける。いかに自分自身のうちに閉じこもっていても、いつかは何かが変化されたことに気づくものである。
ルーヴル博物館の広間をうろついた夕方、クリストフのうちには今までと変わってる何かがあった。彼は疲れ、凍え、飢え、一人きりであった。あたりには寂しい陳列室の中に影がこめてきて、眠ったように静かな物の形が生き生きとしてきた。エジプトのスフィンクス、アッシリアの怪物、ペルセポリスの牡牛《おうし》、ポリシーのねばねばした蛇《へび》、などの間をクリストフは、ぞっとしながら黙って通り過ぎた。お伽噺《とぎばなし》の世界にいるような気がした。神秘な感動が心
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