彼は周囲の煩雑な都会を時々うち忘れて、無限の時間のうちに逃げ込む術を知っていた。空の深みにかかってる死に凍えた月や、白い霧の中に回転してる太陽の円《まる》い面を、騒々しい街路の上方にながめるだけで、町の喧騒《けんそう》は消えてしまい、パリー全市は無際限な空虚のうちに捜してしまって、その全生活が、昔の、遠い遠い以前の……数世紀以前の……生活の幻影のようにしか思えなかった。辛うじて文明の皮をかぶってる自然の大なる野蛮な生活の、普通の人の眼にはつかないほどのわずかな徴《しるし》を見ただけで、その自然の生活全部が彼の眼に映じてきた。舗石の間に伸び出てる草、乾燥した大通りの空気も土も不足してる所に、鉄板の幹|覆《おお》いに圧迫されながらも芽を出してる樹木、または、太古の世界に充満してその後人間に滅ぼされてしまった動物どもの名残《なご》りとも言うべき、うろついてる犬や小鳥、あるいは、一群れの小蝿《こばえ》、町の一郭を蚕食してる眼に見えない病菌――それらに眼をやるだけで、人間の温室たるこの都会の息苦しい中にあって、大地の霊[#「大地の霊」に傍点]の息吹《いぶ》きが彼の顔に吹きつけてき、彼の元気を鼓舞
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