女にとっては音楽は一つの快楽であった。ダナーエが金色の雨を飲むように、全身の毛穴から音楽を吸い込んでいた。トリスタン[#「トリスタン」に傍点]の前奏曲では息絶えんばかりになった。英雄交響曲[#「英雄交響曲」に傍点]では、あたかも戦利品のように自分が運び去られるのを楽しんだ。ベートーヴェンが聾で唖だったことをクリストフに教え、それでももしベートーヴェンを知ったら、どんなに醜男《ぶおとこ》でも自分は彼を愛したはずだと言った。ベートーヴェンはそんなに醜男《ぶおとこ》ではなかったと、クリストフは抗弁した。そして二人は、美と醜とについて議論した。すべては趣味によるのだと彼女は説きたてた。一人に美しいものも他の者には美しくない。「人間は金貨ではない。万人の気に入るものではない。」――クリストフは彼女が口をきかない方を好んだ。その方が彼女の心がよくわかった。イゾルデの死[#「イゾルデの死」に傍点]の間、彼女は彼に手を差し出した。その手は汗ばんでいた。彼はそれを曲が終わるまで自分の手に握りしめた。彼らは組み合わした指を通して、その交響曲の波が流れるのを感じた。
 二人はいっしょに外へ出た。十二時に近か
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