の生活は閑人《ひまじん》や金持の生活である」とベルリオーズが言ったとおりだった。困窮、日々のパンの追求、過度の節食、創作熱などは、快楽を思う隙《ひま》をも趣味をも、彼に残さなかった。彼は快楽にたいして無関心なばかりではなかった。パリーにたいする反発から、一種の精神的禁慾主義に陥っていた。純潔にたいする熱烈な要求とあらゆる醜汚にたいする嫌悪《けんお》の情とをもっていた。と言って彼は、情熱に襲われないのではなかった。ある時には情熱にとらわれることがあった。しかしそれらの情熱は、彼がそれに屈服した時でさえもやはり清浄だった。なぜなら、彼はその中に快楽を求めてるのではなくて、自我の絶対的傾倒と一身の豊満とを求めていたから。そして彼は、自分の誤りを見て取ると、憤然として情熱を投げ拾てていた。淫逸《いんいつ》は彼にとって、別に罪悪ではなかった。生命の泉を汚すものこそ大なる罪悪であった。キリスト教的の古い素地が他の後来物の下に全然埋もれてしまってはいない人々、今日でもなお強健な人種の子孫だとみずからを感じてる人々、勇ましい規律を守《まも》って西欧の文明を建設した人々、彼らはクリストフを理解するに困難
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