ごと一片の菓子パンとを送ってきて、それを自分のために食べてくれと言ってよこした。それはちょうどよい機《おり》に到着した。その晩クリストフは、断食と小斎日と四旬節の精進とがいっしょに来たような場合にあった。窓ぎわの釘《くぎ》につるした腸詰《ちょうづめ》はもう紐《ひも》だけしか残っていなかった。岩の上で烏《からす》に養われた聖《きよ》い隠士らに、クリストフは自分を比較してみた。しかしすべての隠士を養うのは、この烏にとってたいへん骨の折れることだったに違いない。烏はもうふたたびやって来なかった。
それらの困難にもかかわらず、クリストフは元気を失わなかった。盥《たらい》の中でシャツを洗ったり、鶫《つぐみ》のように口笛を吹きながら靴《くつ》をみがいた。ベルリオーズの言葉でみずから慰めた。「生活の困苦を超越して、あの名高い怒りの日[#「怒りの日」に傍点]の快活な歌を、軽やかな声で、くり返し歌おうではないか……。」――クリストフも時々それを歌った。近所の人々はうるさがったが、彼が中途で歌をやめてふいに大笑いするのを聞くと、呆気《あっけ》に取られてしまった。
彼は厳格に清浄な生活をしていた。「色男
前へ
次へ
全387ページ中327ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング