きことは、自分の思想を鏡に映してその変形され縮小されたものを見ることである。自分のなさんとすることは、なし遂げないうちに他人に漏らしてはいけない。そうしなければ最後までやり遂げる勇気がなくなるだろう。なぜなれば、その時自分のうちに見えるのは、もはや自分の思想でなくて、他人の惨《みじ》めな思想であろうから。
 今や何物も彼の夢想を乱しに来るものはなかった。その夢想は、彼の魂のあらゆる隅々《すみずみ》から、彼の進路のあらゆる石ころから、泉のようにほとばしり出ていた。彼は幻覚者のような状態に生きていた。すべて見るもの聞くものは、実際に見聞きするものとは異なった人物事物を、彼のうちに喚起さしてくれた。ただ生きてさえいれば、自分の周囲至るところに、作中人物の生活が見出された。その感覚の方から彼を捜しにきてくれた。通りがかりの人の眼、風がもたらす一の声音、芝生《しばふ》の上に落ちてる光、リュクサンブールの園の木の間にさえずる小鳥、遠くで鳴る修道院の鐘、青ざめた大空、室の奥から見える空の片隅、一日の種々の時間における物音と色合い、それらを彼は自分のうちに認めはしないで、夢想の人物のうちに認めた。――
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