っそう成育していた。万事かくのごときものだということを知っていた。パリーにかけていた幻はすべて滅びた。どこへ行っても同じ人間どもばかりだった。腹をすえてかからなければならなかった。世間相手の子どもらしい闘争に固執してはいけなかった。平然として自分自身たることが必要であった。ベートーヴェンが言ったように、「もし生命の力をすべて世間のことに与えてしまうならば、最も高尚なもの最も優良なものにたいしては、何がわれわれに残るであろうか?」彼は昔あれほど苛酷《かこく》に批判した自分の天性と自分の民族とを、今力強く意識しだした。パリーの雰囲気《ふんいき》に圧倒さるるに従って、祖国のそばに逃げてもゆきたい欲求を、祖国の精華が集められてる詩人や音楽家の腕の中に逃げ込みたい欲求を感じた。彼らの書物をひらくや否や、日に照らされたライン河の囁《ささや》きが、うち捨ててきた旧友のやさしい微笑《ほほえ》みが、室の中に満ちてきた。
いかに彼は彼らに対して忘恩であったろう! どうして彼は、彼らの誠実な好意の貴《とうと》さをもっと早く感じなかったのか? 彼は自分がドイツにいた時、彼らにたいして言った不正な侮辱的な事柄
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