うれしかった。
クリストフは稽古《けいこ》を始めた。彼女はいやに堅くとりすまして、両腕が身体に糊《のり》付けになり、身動きすることもできなかった。クリストフが彼女の小さな手の上に自分の手を置き添えて、指の位置を直しそれを鍵《キー》の上に広げてやる時、彼女は気が遠くなるような心地がした。彼女は彼の前でひき損じはすまいかとびくびくしていた。しかし、病気になるほどつとめても、従姉《いとこ》にじれったがった叫び声をたてさせるほどつとめても、クリストフがそばにいる間はいつもひき損じてばかりいた。息もろくにできないし、指は木片のように堅くなったり、綿のように力なくなったりした。音符にまごついたり、アクセントを逆にしたりした。クリストフは彼女をしかり飛ばして、むっとして立ち去った。すると彼女は死にたいほどつらかった。
彼は彼女になんらの注意をも払っていなかった。彼はただコレットにばかり心を向けていた。グラチアは従姉とクリストフとの親交をうらやんだ。しかし、それがたとい苦しいことだったとはいえ、彼女の善良な小さな心は、コレットとクリストフとのためにそれを祝していた。彼女は自分よりコレットの方がずっ
前へ
次へ
全387ページ中303ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング