です。」とクリストフは言った。「お礼の申しようもありません……。」
「いや、どうしまして。」
「ただ一つうまくゆかないことがあるんです。」
「言ってごらんなさい。なんとか都合しましょう。君が満足しさえすればいいんですから。」
「というのは、あの女歌手のことです。ここだけの語ですが、あれはとうてい駄目《だめ》です。」
ルーサンの晴れやかな顔はにわかに冷え切った。彼は厳格な様子で言った。
「それは意外ですね。」
「あの女はまったくなんの価値もありません。」とクリストフは言いつづけた。「声も、趣味も、技倆《ぎりょう》も、露ほどの才能もありません。先刻お聞きにならなくて仕合わせでした……。」
ルーサンはますますしかつめらしい様子になり、クリストフの言葉をさえぎって、きっぱりと言ってのけた。
「僕はサント・イグレーヌ嬢の真価を知っています。大なる手腕をもってる芸術家です。僕は非常に感嘆しています。パリーの趣味ある人々は皆、僕と同様に考えています。」
そして彼はクリストフに背中を向けた。見ると、彼はその女優に腕を貸していっしょに出て行った。クリストフは茫然《ぼうぜん》とたたずんでいた。すると
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