て彼は、ユダヤ人らからは反ユダヤ主義者だと見なされ、反ユダヤ主義者らからはユダヤ党と見なされた。また芸術家らは、彼のうちに敵を感じた。知らず知らずにクリストフは芸術において、実際以上にドイツ的だった。パリーのある音楽の快楽的な恬静《てんせい》さに対抗して、彼は激しい意志を、雄々しい健全な悲観思想を称揚していた。彼の作に歓喜が現われる時には、それはいつも、通俗芸術の貴族的な保護者らにまで不快を催させるような、趣味の欠如と平民的な熱狂となされていた。形式は学者ぶった粗剛なものだった。そのうえ彼は反抗心から、様式における表面的な閑却や、外的な独自性にたいする無頓着《むとんじゃく》などを、ともすると装《よそお》いがちであった。フランスの音楽家らにとっては、それはきわめて不快なことに違いなかった。それで、彼から自作のあるものを見せられた者らは、よく見てみようともせずに、ドイツのワグナー末派にたいする軽蔑のうちに、彼をも一|括《かつ》してしまった。クリストフはそれをほとんど気にもとめなかった。彼は内心で笑いながら、フランス文芸復興期の愉快な一音楽家の詩句を――自分の場合にあてはめて――くり返した。
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