れは実際上の利害からばかりでなく、また生活的利害、存在および行動の理由からでもあった。社会主義の信仰は彼自身にとっては一種の国家的宗教だった。――大多数の人は彼と同じような生き方をしてるものである。内心では信じてもいないところの、宗教的信仰、道徳的信仰、社会的信仰、もしくは純粋に実際的な信仰――(自分の職業や自分の仕事や人生における自分の役目の有用さなどにたいする信仰)――そういうものの上に彼らの生活は立てられている。しかし彼らは内心では信じていないということをみずから知りたがらない。なぜなら、そういう信仰の様子、各人がみずからその教師たる公然の宗旨が、生きんためには必要であるから。

 ルーサンは最も下等なうちの一人ではなかった。この党派では実に多くの者が、社会主義もしくは急進主義を「やって」いた――それも、野心からとも言えないほどのものだった。それほど彼らの野心は短見浅慮で、直接の利益と再選との範囲を出でなかった。彼らは新しい社会を信ずるようなふりをしていた。おそらくかつて信じたことがあったのだろう。しかし実際は、死にかかってる社会の遺物によって生活しようとしか考えていなかった。近
前へ 次へ
全387ページ中257ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング