めなかった。彼は彼女を愛し、しかも彼女を欺いていた。彼女は自分の分け前さえ得れば、そんなことには平気だった。おそらくある種の興味を見出してさえいたのだろう。彼女は冷静で肉感的であった。妾嬖《めかけ》の心ばえをそなえていた。
 彼らには四、五歳になるきれいな児《こ》が二人あった。そして彼女は、夫の政治や流行および芸術の最近の傾向などに気をつけるのと、同じかわいい冷やかな勉励さで、家庭の賢母として子どもの世話をしていた。そういう中にあって彼女は、進んだ理論や極度に頽廃《たいはい》的な芸術や世態の動揺や市民的感情などの、最も不思議な混和体を形造っていた。
 彼らはクリストフを自宅に招待した。ルーサン夫人はりっぱな音楽家で、みごとにピアノをひいた。微妙な確実な手をもっていた。小さな頭を振りたてて鍵《キー》を見つめ、鍵の上に両手を躍《おど》らしながら、牝鶏《めんどり》がくちばしで物を突っついてるような様子だった。音楽にかけて多くのフランス婦人よりも天分に富み教養が深くはあったが、もとよりその深い意味にはまったく無関心だった。音楽は彼女にとって、音と律動《リズム》と調子との連続であって、彼女はそれ
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