》われていた。自分の不貞な欲望を満足させるのがいかに愉快であろうとも、それを満足させながら新時代のために働いているのだと思い込まなかったら、何か物足りない点が生ずるほどだった。それは明らかにパリー的な一種の社会主義であった。恋愛社会主義であった。
かかる恋愛の小宮廷を当時沸きたたせていた問題の中に、結婚における男女の平等および恋愛にたいする権利の平等というのがあった。善良で正直で抗弁好きでやや滑稽《こっけい》な青年ら――スカンジナヴィア人やスイス人のごとき――がいて、貞操の平等を要求して、女子と同じく男子も童貞で結婚すべきことを主張していた。パリー式の通人らは他の種類の平等を、不品行の平等を要求して、男子と同様に女子も身を涜《けが》して結婚すべきことを――情人をもつの権利を――主張していた。パリー人らは、想像上においても実行上においてもあまりに姦淫《かんいん》をやり遂げたがために、それをもう無趣味に思い始めていた。文学界においては、もっと特殊な考案をもってそれに換えようとしていた。それは若い娘の売淫《ばいいん》であった――言う意味は、規則的な、普遍的な、貞節な、瑞正な、家庭的な、おま
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