かなかった。気力つきた様子をしていた。彼女はピアノにつき、力ないひき方をし、経過句を間違え、やり直し、また間違え、突然ひきやめ、そして言った。
「できません……ごめんなさい……少し待ってちょうだいな……。」
気分が悪いのかと彼は尋ねた。彼女はいいえと答えた。
――気が向かないのであった……そんなことがよくあった……ほんとに妙だった。怒られるようなことではなかった。
彼はまた他の日に来ようと言った。しかし彼女はいてくれと頼んだ。
「ちょっとの間ですわ……じきによくなるでしょうから……ほんとに私|馬鹿《ばか》ですわね。」
いつもの彼女でないことを彼は感じた。しかしその訳を尋ねたくなかった。そして話を転ずるつもりで言った。
「昨晩あんなに華《はな》やかに振舞ったからでしょう。あまり元気を使いすぎましたね。」
彼女は皮肉な微笑《ほほえ》みをちょっと浮かべた。
「あなたはそうじゃありませんでしたわね。」と彼女は答えた。
彼は率直に笑った。
「あなたは一言《ひとこと》も口をおききなさらなかったのね。」と彼女は言いつづけた。
「ええ一言も。」
「でも面白い方がいましたわ。」
「ええ、すて
前へ
次へ
全387ページ中201ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング