説的な事情の方が、彼の音楽よりもさらに多く、この流行を助けていた。獅子のような顔つきをした彼の荒々しい面影は、小説的な顔だちとなされていた。婦人らは彼に同情を寄せていた。もし自分が彼を知っていたら彼をあれほど不幸にはさせなかったものをと、彼女らははばからず言っていた。そしてベートーヴェンがその言葉を真面目《まじめ》に取るの恐れがなかっただけに、なおさら彼女らはその寛大な心をささげようとしていた。がこの好々爺《こうこうや》はもはや故人となって、何物をも求めてはいなかったのである。――それゆえに、名手や管弦楽長や劇場主らは、多くの憐憫《れんびん》を彼にかけてやっていた。そしてベートーヴェンの代表者だという資格で、ベートーヴェンにささげられた敬意を身に引き受けていた。ごく高価な華麗な大音楽会は、上流人士らに、その寛仁さを示す機会を与えていた。――時としてはまた、ベートーヴェンの交響曲《シンフォニー》を発見する機会を与えていた。俳優や軽薄才子や遊蕩《ゆうとう》者や、芸術の運命を監理するの任をフランス共和国から帯びせられた政治家、そういう連中から成る委員らが、ベートーヴェンの記念碑建設の計画を、
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