おける芸術趣味の一の法則たるシーソー的な方法で、すぐにベートーヴェンから離れてしまっていた。フランス人は自分の考えを知るためには、まず隣人の考えを知りたがり、それによって、同じように考えるかあるいは反対に考えるかするものである。かくて、ベートーヴェンが広く知られてきたのを見ると、音楽家らのうちの最も秀《ひい》でた人々は、ベートーヴェンも自分らから見るとそう秀でた者ではないと考え始めた。彼らは世論に先んじようとしていて、決して世論のあとに従ってゆこうとはしなかった。世論に同意するよりはむしろ、それに背を向けたがっていた。それで彼らはベートーヴェンをもって、金切り声で叫ぶ聾の老人だとした。傾聴すべき道徳家ではあるかもしれないが、音楽家としては買いかぶられてるものだと、断定する者さえあった。――そういう悪い冗談は、クリストフの趣味に適しなかった。また上流人士の心酔もやはり彼を満足させなかった。もしベートーヴェンがその時パリーへ来たら、彼は当時の獅子《しし》となり得たであろう。惜しいかな彼は一世紀前に死んでいた。それにまた、感傷的な伝記によって世に広く知られてる、彼の生涯《しょうがい》の多少小
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