さえ言った。何事かを肯定してあとですぐにそれを否定しないのは、あるいは少なくともそれに疑問をつけないのは、上品なやり方ではないということを、それらの柔惰な者どもはルナンから教え込まれていた。「常に然り然りであり[#「常に然り然りであり」に傍点]、その次に否々である[#「その次に否々である」に傍点]、」と聖パウロが評したような人物に、ルナンは属していた。フランスの選良な人々は皆、この水陸|両棲《りょうせい》的な信条に心酔していた。精神の遊惰と性格の柔弱とは、それをいいことにしていた。彼らはもはや一つの作品について、良いとも悪いとも、真だとも嘘《うそ》だとも、賢いとも愚かだとも、言わなくなった。彼らはこう言った。
「そうかもしれない……そうでないとも言えない……俺《おれ》にはわからない……俺はごめんこうむろう。」
もし淫猥《いんわい》な芝居が演ぜられていても、「これは淫猥だ、」とは彼らは言わなかった。彼らはこう言った。
「スガナレルさん、どうかそういう言い方は変えてください。私どもの哲学によると、なんでも不確実に言わなければなりません。それですから、『これは淫猥だ、』と言ってはいけません
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