ともなことだった。少なくともそれらの反映は、忠実なものであらねばならなかった。しかしそれらは、周囲に並んでる群集の不安定さをしか、映し出してはいなかった。あたかも、自分の姿を見ようとする好奇な連中の顔を、彩色の天井とともに映し出してる、あの博物館の大鏡のごときものだった。
ある時代において、それらの批評家がフランスで非常な権威を得た。公衆は彼らの判定の前に低頭した。そして彼らを、芸術家よりもすぐれた者だと、賢明な芸術家だと――(この両語は調和しがたく思われるが)――見なすほどになった。それ以来批評家らは、はなはだしく増加した。彼らはあまりに占考者じみていた。そのために本来の職務が煩わされた。各自に自分だけが唯一の真理の占有者だと主張する者どもが、非常に多くある時には、人はもはや彼らを信じ得られなくなる。そしてついには彼らも、もはや自分自身を信じられなくなる。かくて絶望が到来した。例のフランス流によって彼らは朝三暮四、極端から極端へと移り変わっていって、すべてを知ってると公言したかと思えば、すぐあとでは何にも知らないと公言した。彼らはそれを名誉にかけて言い、また自惚《うぬぼれ》をもって
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