フ[#「タルチュフ」に傍点]やフェードル[#「フェードル」に傍点]について議論をつづけていた。それに少しも飽きることがなかった。老人になってからも、子どもの時に面白がった同じ冗談に笑っていた。民族がつづく最後までそのとおりかもしれなかった。およそ世界のいかなる国でも、祖先崇拝の情をかほど根深く維持してるものはなかった。宇宙のうちで祖先以外の他の部分は、彼らになんらの興味をも起こさせなかった。いかに大多数の者が、フランスにおいて大王の御代において書かれたもの以外は、何一つ読んでいなかったし、何一つ読みたがらなかったことだろう! 彼らの芝居には、ゲーテも、シルレルも、クライストも、グリルパルツェルも、ヘッベルも、ストリンドベリーも、ローペも、カルデロンも、他国のいかなる偉人の作も、演ぜられていなかった。ただ古代ギリシャの物だけは別だった。彼らは古代ギリシャの後継者だと自称していた――(ヨーロッパのあらゆる国民と同様に)またごくまれにシェイクスピヤを取り入れたがっていた。それは試金石だった。彼らのうちには演戯上の二派があった。一方では、エミル・オージエの劇のように、通俗的な写実主義をもって、
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