を半ばしか味わうことができなかった。ことに劇の全体には、詩には、嫌気《いやけ》を催させられた。年増《としま》のパリー婦人が子供の真似《まね》をしてお伽噺《とぎばなし》をしてもらってるのを、眼に見るような気がした。それはライン河畔の大きな娘のような、感傷的で愚鈍なワグナー流の駄々《だだ》っ児《こ》ではなかった。しかしこのフランス・ベルギーの駄々っ児は、その愛嬌《あいきょう》やくだらないお座敷道具――お河童《かっぱ》さん、ちっちゃなパパ、鳩《はと》ぽっぽ――や、社交界の婦人らがよくやる思わせぶりなどをもってしても、前者ほどの価値はもたなかった。パリー人の魂はこの劇の中に反映していた。そしてこの劇は、追従《ついしょう》的な画面のように、彼らの萎靡《いび》した宿命観、化粧室の涅槃《ねはん》境、柔弱な憂鬱《ゆううつ》、などの象《すがた》を映し出していた。意志の痕跡《こんせき》は少しもなかった。何が欲求されてるのかだれにもわからなかった。何がなされてるのかだれにもわからなかった。
「それは私のせいじゃない、私のせいじゃない!……」とその大きな子供たちは嘆いていた。永遠の薄明のうちに展開してゆく五幕
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