は、鋭敏な嗅覚《きゅうかく》にとってはあまり芳《かんば》しいものではなく、もし真面目《まじめ》に取られたら、実際胸悪いものともなるべきはずであった。しかしそれは真面目に取られることを別に望まないで、みずから一人で興がっていた。そしてこの放縦なキリスト教主義は、何かの機会がありさえすれば、すぐに他の看板に地位を譲ろうと待ち構えていた――どんなんでも構わない、暴力、帝国主義、「笑う獅子《しし》」などでも。――マンハイムは茶番を演じていた、心から茶番を演じていた。他の者らのようにユダヤの好々爺《こうこうや》とならないうちから、民族固有のあらゆる機才をもって、自分のもたない感情をも代わる代わる背負っていた。彼はきわめて面白い男であり、この上もなく小癪《こしゃく》な男であった。
クリストフはしばらくの間、マンハイムの看板の一つだった。マンハイムは彼のことばかりを口癖にしていた。至る所に彼の名前を吹聴《ふいちょう》して歩いた。家の者らに向かって、盛んに彼をほめたてて聞かした。その言葉に従えば、クリストフは天才であり、非凡な男であって、珍妙な音楽を作り、ことに変梃《へんてこ》な音楽談をなし、機才
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