にやさしく沁《し》み通った。彼は涙をふいて、微笑《ほほえ》もうとつとめながら言った。
「いっしょに死にましょう。」
彼女はなお尋ねた。
「確かですか。発《た》たないんですね。」
彼は立ち上がった。
「きまったことです。もうそのことを言うのはよしましょう。またあともどりをするには及びません。」
クリストフは言葉を違えなかった。もう出発のことを言い出さなかった。しかしそれを考えずにはいられなかった。彼はとどまった。しかしその犠牲の返報として、悲しい様子や不機嫌《ふきげん》さで母を悩ました。そしてルイザは、やり方が拙劣であって――自分は拙劣だと知りつつも、していけないことをかならずするほど、きわめて拙劣で――彼の悩みの原因を知りすぎていながら、しつこくそれを彼の口から言わせようとした。落ち着きのない煩《うるさ》い理屈っぽい愛情で彼をなやまし、二人はたがいに異なった性質であることを――彼が忘れようとつとめていたことを、始終彼に思い出さした。幾度彼は彼女に心のうちをうち明けたがったことだろう! しかし口を開こうとすると、いかんともできない壁が間につっ立った。そして彼は内心の思いを胸に潜めた
前へ
次へ
全527ページ中474ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング