った。高潔な無邪気な事柄を時日の徐々たる破壊から防ぐだけの力もなく、もはや信じていないものをなお信じていると思い込むだけの虚偽もなし得ないで、彼は憤然と昔の記憶を嘲笑し去らんとつとめた。彼は南ドイツの性質をもっていた。怠惰柔弱で、過度の幸運や寒気や暑気に抵抗しがたく、自分の平衡を維持するためには、適度な気温を必要とする性質だった。彼はみずから知らないまにいつしか、人生の怠惰な享楽を事とするようになってしまった。みごとな珍味や、重々しい飲料や、無為の遊楽や、柔弱な思想などを好んでいた。彼は天分に豊かであって、時流に投じた放漫な音楽中にもなお天才の火花がひらめいてはいたけれど、彼の全芸術には右のことが仄《ほの》見えていた。自分の頽廃《たいはい》を彼はだれよりもよく感じていた。実を言えば、彼一人だけがそれを感じていた――しかも感ずるのは時々のことであって、もとより彼はそういう瞬間を避けたがっていた。そして一度そう感じた時には、暗黒な気分、利己的な配慮、健康の心配、などに浸り込んで人間ぎらいになった――昔自分の感激や憎悪《ぞうお》を刺激したような事柄にたいしてはことごとく無関心になって。

 
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