るとこんどは、動揺しだした聴衆の喧騒《けんそう》が誤った楽音とともに彼の方へ響いてきた。初めはちょっとしたざわめきにすぎなかった。しかしやがてクリストフももう疑わなかった。彼らは笑っていた。管弦楽の楽員らが示唆《しさ》を与えたのである。ある楽員らはその偸《ぬす》み笑いを少しも隠さなかった。それ以来聴衆は、笑うべき作品であると確信して大笑いをした。愉快な気分が一般に広がった。コントラバスがおどけたふうに高調したきわめてリズミカルな動機の反復によって、その気分はさらに倍加した。ただ楽長のみは泰然自若として、支離滅裂な演奏のうちに拍子を取りつづけていた。
 ついに終わりに達した。――(最上のものには皆終わりがある。)――聴衆の番となった。聴衆はどっと破裂した。それは愉快の爆発であって、数分間つづいた。ある者は口笛を吹き、ある者は皮肉な喝采《かっさい》をした。最も気のきいた連中は「|も一度《ビス》」と叫んだ。一つの低音《バス》が舞台前の一|隅《ぐう》から響いてきて、道化《どうけ》た主題を真似《まね》しはじめた。他の茶目連中も負けまいとして、同じくそれを真似た。ある者は「作者!」と叫んだ。――そ
前へ 次へ
全527ページ中274ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング