様に焼いてくれるとよかったと言った。
彼はさらに痛切な他の侮辱をも受けた。フランクフルトの名ある音楽団へ、四重奏曲《カチュオール》の原稿を一つ送っていたが、それが全員一致でしかもなんらの説明もなしにつき返された。ケルンの管絃楽団が演奏するつもりらしかった序曲は、幾月も待たせた後に、演奏不能のものとして送り返された。また町の管弦楽団からは、さらにひどい目に会わされた。この楽団を指揮していたオイフラート楽長は、かなりりっぱな音楽家であった。しかし多くの管絃楽長と同じく、彼はなんらの精神的好奇心をももってはいなかった。彼はその楽団特有の怠惰さに毒せられていた。――(あるいはむしろ、すてきな健康を得ていた。)――怠惰というのは、すでに著名な作品ならば限りもなくくり返して、真に新しい作品はすべて火のごとく避けることであった。彼は決して飽きることなく、ベートーヴェンやモーツァルトやシューマンなどの大音楽会を催していた。それらの作品においては、耳なれた律動《リズム》の音に身を任せるだけでよかった。それに反して、当代の音楽は彼には堪えがたかった。けれどもそうだとは告白し得ないで、年若い俊才《しゅんさ
前へ
次へ
全527ページ中267ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング