その貞節な惑乱せる処女の心の底に燃えてる若々しい熱気に、一つの深い真実さまでも見出した。そしてその魅力をさらに大ならしむるものは、浄《きよ》い温《あたた》かい滑《なめ》らかな声の惑わしだった。一語一語が美しい和音のように響いていた。各|綴《つづ》り音のまわりには、百里香かあるいは野生|薄荷《はっか》の香《かお》りのように、弾力性の律動《リズム》を有する南欧のあでやかな抑揚が踊っていた。アルル国のオフェリア姫ともいうべき不思議な幻影だった。金色の太陽と狂おしい南風との多少を、彼女は身にそなえていた。
 クリストフは隣席の女のことを忘れて、彼女のそばに桟敷の前方へすわった。そして名も知らないその美しい女優から眼を離さなかった。しかし一般の観客らは、無名の女優を見に来たのではなくて、彼女になんらの注意も払わなかった。そして女のハムレットが語る時にしか喝采《かっさい》しようとは思っていなかった。それを見て取ったクリストフは、彼らに「馬鹿者ども」と怒鳴りつけてやった――十歩先ばかりまで聞こえる低い声で。
 舞台に間幕《あいまく》が降りてから彼は初めて、桟敷を共にしてる連れの女の存在を思い出した。
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