行くには及ばないと気楽に考えていた。それでも翌日になると、友人らが昨晩のことを感激的に話すのに、注意深く耳傾けざるを得なかった。今皆が話してる劇の見物を拒みながら、皆の意見に抗弁する権利までも失ったことを、一人憤慨していた。
 予告の第二の出し物は、ハムレット[#「ハムレット」に傍点]のフランス訳ということになっていた。クリストフはかつてシェイクスピヤの作を見る機会を逃がしたことがなかった。シェイクスピヤは彼にとってはベートーヴェンと同等で尽くることなき生命の泉であった、彼がちょうど通って来た雑然たる不安疑惑の時期においては、ハムレット[#「ハムレット」に傍点]はことになつかしいものとなっていた。その魔法的な鏡の中に自分の姿をふたたび見出しはすまいかと気づかいながらも、それから魅せられていた。座席を取りに行きたくてたまらないことをみずから打ち消しながら、芝居の広告《びら》のまわりを歩き回った。しかし彼はきわめて強情だったので、いったん友人らに言明した以上は、それを取り消したくなかった。そしてその晩も前晩と同じく、自分の家に留まってるつもりで帰りかけたが、ちょうどその時偶然にも、マンハイ
前へ 次へ
全527ページ中176ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング