くて彼はしばしばパリーのことを話し、しかも心酔の調子で話した。しかし彼はパリー人を称賛するのに、狂気じみた放逸な騒々しい人間であると言い、遊楽や革命にばかり時間をつぶして、決して真面目《まじめ》になることがないと言った。それでクリストフは、「ヴォージュ山の彼方《かなた》のビザンチン式な頽廃的《デカダン》な共和国」にあまり心をひかれなかった。彼がすなおにも想像していたパリーは、ドイツ芸術に関する叢書の一冊として最近世に出た書物の巻頭で見た、ある素朴《そぼく》な版画の示しているパリーと、大差ないものであった。その第一図に、都会の家並みの上にうずくまってるノートル・ダーム寺院の鬼像があって、次の銘がついていた。

[#ここから3字下げ]
飽くなき吸血鬼、永遠の豪奢《ごうしゃ》は、
大都市の上にてその餌食《えじき》を貪《むさぼ》る。
[#ここで字下げ終わり]

 善良なドイツ人として彼は、遊蕩《ゆうとう》な異国人とその文学とを軽蔑《けいべつ》していた。その文学について知ってるところはただ、仔鷲や気儘夫人[#「仔鷲や気儘夫人」に傍点]などの放逸な滑稽《こっけい》劇と洒亭の小唄《こうた》とにすぎな
前へ 次へ
全527ページ中174ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング