》していた、もしくは通暁してるふうを見せかけていた。聞きかじった巷説《こうせつ》やまたは多少了解してる事柄を、盛んにくり返していた。彼らはドイツ内にてフランス精神を代表していた。そのためにクリストフは、なおいっそうフランス精神を知りたくなった。マンハイムはうるさいほど、パリーの賛辞を彼に述べたてた。マンハイムは幾度もパリーに行ったことがあった。そこには血縁の者もいた――ヨーロッパの各国に血縁の者がいた。そして至る所で彼らは、その国の国民性と品位とを獲得していた。このアブラハムの民族のうちには、イギリスの従男爵、ベルギーの上院議員、フランスの内閣員、ドイツ帝国議会の代議士、法王付属の伯爵などがあった。そして皆よく団結して、自分らが出て来た共通の始祖にたいして尊敬深くはあったが、それでも心から、イギリス人であり、ベルギー人であり、フランス人であり、ドイツ人であり、または法王党であった。なぜなら、彼らは驕慢《きょうまん》な心から、自分の順応した国が世界第一の国であることを疑わなかったから。ところがマンハイムのみは、それと反対であって、自分の属しない他の国々の方がいいと言って面白がっていた。か
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