に親しみやすかった。少なくとも、りっぱな音楽会をやるという口実があった。そしてワグナー派の芸術観にことごとく同感ではなかったとは言え、他の音楽団体のいずれよりもそれに接近しがちであった。ブラームスやブラームス派にたいして、自分と同じように不当な態度を示してる一派となら、了解の地歩を見出し得られそうだった。それゆえ彼は紹介されるままに任した。マンハイムが仲介人であった。マンハイムは皆と知り合いだった。音楽家でもないくせに、ワグナー協会の一員になっていた。――協会の幹事は、クリストフが雑誌上で始めた戦いを一々見落とさなかった。またクリストフが敵陣の中でなした若干の演奏は、味方にして働かしたら役にたつだろうということを、力強く立証するもののように彼には思われた。クリストフはまた神聖なる偶像にたいして、不敬な矢を多少放ったこともあった。しかしそのことについては、眼をつぶっておく方がいいと考えられた。――そしてまたおそらく、まだかなり手緩いものであったそれらの最初の攻撃は、クリストフにその上発言する隙《すき》を与えずに急いで引き入れてしまったということに、だれもそうと承認はしなかったが、無関係で
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