肥満しきった快活|豪奢《ごうしゃ》な婦人らが、代わる代わるイソルデやカルメンに扮装《ふんそう》して現われた。アンフォルタスがフィガロを演じた。しかしクリストフがおのずから最もよく感じたことは、歌の醜いことであって、ことに、旋律の美が本質的要素たる古典的作品における、歌の醜いことであった。もはやドイツではだれも、十八世紀末の完全な音楽を歌うことができなかった。歌おうとつとめる者がなかった。ゲーテの文体のようにイタリー的な光明に浴してるごとく思われる、グルックやモーツァルトの明確素粋な様式――すでに変化し始め、ウェーバーとともに震え揺めき始めた、その様式――クロシアト[#「クロシアト」に傍点]の作者の鈍重な漫画によって滑稽《こっけい》化された、その様式――それはワグナーの勝利によって滅ぼされてしまっていた。鋭い叫びを上げるワルプルギスの荒々しい羽音は、ギリシャの空を覆《おお》うていた。オディンの密雲は光を消滅さしていた。今はもはやだれも、音楽を歌おうと思う者がなかった。人は詩を歌っていた。細部の閑却や醜いものや誤れる音さえも、大目に見のがされていた、ただ作品全体のみが、思想のみが、重要であ
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