たが》の飛びぬけをやってるのだった。クリストフは彼らを、めかし婆《ばば》、ジプシー、綱渡り、などと呼んでいた。
妙技を有する音楽家らが、豊富な材料を供給してくれた。彼は彼らの奇術的興行を批判することを回避した。彼の言葉に従えば、そういう機械仕掛《からくり》の技芸は、工芸学校に属する手法であって、それらの仕事の価値を評価し得るものは、時間と音数と消費された精力とを記載する図表ばかりであった。時とすると、二時間もの音楽会で、唇《くちびる》に微笑を浮かべ、眼を輝かして、最もひどい困難に――モーツァルトの幼稚なアンダンテ[#「アンダンテ」に傍点]をひくという困難に、首尾よく打ち勝った高名なピアノの名手を、彼は蔑視《べっし》することもあった。――もとより、彼は困難に打ち克《か》つの快楽を否認するものではなかった。彼もまたその快楽を味わったことがあった。それは彼にとって生の歓びの一つであった。しかしながら、その最も物質的な方面のみ見て、芸術上の勇壮心をことごとくそこに限ってしまうことは、彼には滑稽《こっけい》な堕落的なことに思われた。彼は「ピアノの獅子《しし》」や「ピアノの豹《ひょう》」を許容す
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