になったのかもわからなかった。彼は顔を赤らめた。ある時などは、最も幼稚なページを一つ読んだあとで、室にだれもいないかふり返って見て、それから恥ずかしがってる子供のように、寝台のところへ行って枕《まくら》に顔を隠したこともあった。またある時は、自分の笑うべき作品がいかにも滑稽《こっけい》に思えて、我れながら自分の作であることを忘れた……。
「ああ馬鹿だなあ!」と彼は腹をかかえて笑いながら叫んだ。
しかし最も厭味《いやみ》なのは、恋愛の苦しみや喜びなど、熱烈な感情を表現したつもりでいる曲譜だった。彼は蚊にでもさされたかのように、椅子《いす》の上に飛び上がった。テーブルを拳《こぶし》でうちたたき、憤怒《ふんぬ》の喚《わめ》き声をたてながら、みずから頭をたたいた。荒々しくみずからののしり、豚だの恥知らずだの大馬鹿者だのと自分を呼んで、しばらくはある限りの悪口を自分に浴びせた。しまいには怒鳴り散らしたために真赤《まっか》になって、鏡の前につっ立った。そして頤《あご》をつかみながら言った。
「見ろ、見ろ、間抜《まぬけ》め、なんという馬鹿な顔をしてるんだ! 嘘もいい加減にしろ、無頼漢《ならずもの》
前へ
次へ
全527ページ中13ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
豊島 与志雄 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング