彼らがより多く個性をそなえてるというのではなかった。否おそらく個性はより少なかったであろう。しかしながら彼らは、どこへ行ってもまたいつでもそうであるが、この小都市においても――異民族であるがために、数世紀来孤立してきて嘲笑的な観察眼が鋭利にされているので――最も進んだ精神の所有者であり、腐蝕《ふしょく》した制度や老朽した思想の滑稽《こっけい》な点に最も敏感な精神の所有者であった。ただ、彼らの性格は彼らの知力ほど、自由でなかったので、彼らはそれらの制度や思想を冷笑しながらも、それらを改革することよりむしろ、それらを利用することが多かった。彼らはその独立|不羈《ふき》の信条にもかかわらず、紳士アダルベルトとともに、田舎《いなか》の小ハイカラであり、富裕無為な息子《むすこ》さんたちであって、娯楽や気晴らしのつもりで文学をやってるのであった。彼らはみずから尊大なふうをして喜んでいたが、人のよい威張りやにすぎなくて、若干の無害な人々、もしくは自分たちを決して害し得ないと思われる人々、などにたいしてしか尊大ぶりはしなかった。他日自分たちがはいってゆき、昔攻撃したあらゆる偏見と妥協しながら、世間普通の生活を静かに営むようになるだろうとわかってるような社会とは、葛藤《かっとう》を結ぶ気はさらになかった。そして、いよいよ戈《ほこ》を揮《ふる》いもしくは弁を揮わんとし、現在の偶像――それもすでに揺ぎ始めてる――にたいして、騒々しく出征の途にのぼらんとする時には、いつも自分の船を焼かないだけの用心をしていた。危険な場合にはまた船に乗り込むのだった。それにまた、戦いの結果がどうであろうとも――戦いが済みさえすれば、また戦いが始まるまでには十分長い時間があった。敵のフィリスチン人は静かに眠ることができた。新しいダヴィデ派が求めていたところのものは、なろうと思えば恐るべき者にもなり得るのだということを、敵に信ぜさせることであった。――しかし彼らはなろうと思っていなかった。芸術家らと懇意にし、女優らと夜食をともにする方を、彼らはより多く好んでいた。
 クリストフは、その仲間にはいると勝手が悪かった。彼らの話は、女や馬に関することが多かった。しかも厚かましい話し方をしていた。彼らはひどく形式張っていた。アダルベルトは、白々《しらじら》しいゆるやかな声音で、みずから退屈し人を退屈させる上品なていねいさで、意見を述べた。編集長のアドルフ・マイは、重々しくでっぷり太って、頭を両肩の間に埋め、粗暴な様子をしてる男で、いつも自説を通そうとしていた。あらゆることに断定を下し、決して人の答弁に耳を貸さず、相手の意見を軽蔑《けいべつ》してるらしく、なお相手をも軽蔑してるらしかった。美術批評家のゴールデンリンクは、神経的に顔の筋肉を震わす癖があり、大きな眼鏡の陰でたえず眼を瞬《またた》き、交際してる画家たちの真似《まね》をしたのに違いないが、髪を長く伸ばし、黙々として煙草《たばこ》を吹かし、決して終わりまで言ってしまうことのない断片的な文句を口ごもり、親指で空間に曖昧《あいまい》な身振りをするのだった。エーレンフェルトは、小柄で、頭が禿《は》げ、微笑を浮かべ、茶褐《ちゃかっ》色の頤髯《あごひげ》を生《は》やし、元気のない繊細な顔つきをし、鈎《かぎ》鼻であって、流行記事や世間的雑報を雑誌に書いていた。彼は甘ったるい声で、きわめて露骨な事柄をしゃべった。機才はあったが、しかしそれも意地悪い才で、また下等なことが多かった。――これらの富裕な青年らは皆、もとより無政府主義者であった。すべてを所有してる時に社会を否定するのは、最上の贅沢《ぜいたく》である。なぜなら、かくして社会に負うところのものを免れるからである。盗人が通行人を劫掠《きょうりゃく》したあとに、その通行人へこう言うのと同じである、「まだここで何をぐずついてるんだ! 行っちまえ! もう貴様に用はない。」
 同人中でクリストフが好感をもってるのは、マンハイムにたいしてばかりだった。確かにこの男は、五人のうちで最も溌剌《はつらつ》としていた。自分の言うことや他人の言うことを、なんでも面白がっていた。どもり、急《せ》き込み、口ごもり、冷笑し、支離滅裂なことを言いたてて、論理の筋道をたどることもできず、みずから自分の考えを正しく知ることもできなかった。しかし彼は、だれにたいしても悪意をいだかず、また野心の影もない、善良な青年だった。実を言えば、きわめて率直だというのではなく、いつも芝居をやってはいた。しかしそれも無邪気にやってるのであって、だれにも害を及ぼさなかった。奇怪な――たいていは大まかな――あらゆる空想にたいして、彼は怒《おこ》りっぽかった。それをすっかり信ずるには、あまりに精緻《せいち》でまた嘲笑《ちょうしょう》的だった
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