「お前は私といっしょにいてくれるでしょうね。私を捨てやしないでしょうね。……お前にまで行かれてしまったら、私はどうなるでしょう?」
「私は行きやしません。いっしょに暮しましょう。もう泣いちゃいけません。私は誓います。」
彼女は泣きやむことができずに、なお泣きつづけた。彼は自分のハンケチでその眼を拭《ふ》いてやった。
「どうしたんです、お母さん。苦しいんですか。」
「私にも、どうしたんだか、私にもわからないよ。」
彼女はつとめて落着こうとし、微笑《ほほえ》もうとした。
「いくら考えたって私は駄目《だめ》なんだよ。ちょっとしたことにまた涙が出て来るからね。……そらねえ、また涙が出て来たよ。……堪忍しておくれ。私は馬鹿になってしまった。年を取ってしまった。もう元気がない。もう何にも面白くない。もうなんの役にもたたなくなった。こんな物といっしょに埋めてもらいたいんだよ……。」
彼は彼女を子供のように胸に抱きしめてやった。
「心配してはいけません。気をお休めなさい。もう考えないでください……。」
彼女はしだいに気が和らいできた。
「馬鹿げてるね、私は恥ずかしいよ……。でも、私はどうした
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