リストフは耳をそばだてた。大きな災いの後には長く不安が残るが、やはり彼も多少不安な気持で、階下に降りて行った。扉を少し開いてみると、ルイザはこちらに背を向けていた。戸棚《とだな》の前にすわって、まわりに種々な物を取り散らしていた。襤褸《ぼろ》や、古着や、半端な物や、形見の品などで、片付けると言っては取り出してるのだった。彼女には片付ける力も失《う》せていた。ひとつひとつの物が皆何かの思い出の種となった。それをひっくり返しうち眺め、夢想にふけっていた。品物は手から滑《すべ》り落ちることが多かった。彼女はそのまま幾時間もじっとしていて、両腕を垂れ、椅子《いす》の上にぐったりして、悲しい考えにぼんやり我れを忘れていた。
憐れなルイザは、今や過去の最も楽しい日に生きてるのだった――その悲しい過去の。彼女は過去において喜びを得たことはきわめてまれであった。しかし苦しむことにいつも慣れきっていたので、わずかな親切を受けても、それにたいする感謝の念を長く心にもっていたし、生涯《しょうがい》のうちに時たま輝いた仄《ほの》かな光は、彼女の心を輝かすのに十分だった。メルキオルのひどい仕打も皆忘れてしまっ
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