ったがついに決心して、もっと質素な安い住居を捜そうとした。
二人は小さな住居を見出した――市場通りのある家の三階で、二、三の室があった。そのあたりは騒々しく、町のまん中になっていて、河や樹木や、あらゆる親しい場所から、だいぶ隔っていた。しかし感情よりも理性に従わなければならなかった。そしてクリストフは、苦しみたいという悲痛な欲求を満たすのにいい機会を得た。そのうえ、家主《いえぬし》のオイレル老書記は、祖父の友人で、クリストフ一家の者を知っていた。ルイザは、がらんとした家の中にしょんぼりしていて、自分の愛した人々のことを覚えていてくれる者をたまらなく懐《なつか》しがっていたので、右の一事ですぐそこに住もうと心をきめた。
二人は引越しの仕度《したく》をした。永久に去ろうとする悲しいまた懐しい家庭で過す最後の日々の苦《にが》い憂愁を、彼らはしみじみと味わった。心の悲しみを言いかわすこともほとんどできかねた。それを口に出すことが、恥ずかしかったしまた恐ろしかった。どちらも、心弱さを見せてはいけないと考えていた。雨戸を半ば閉めた侘《わび》しい室で、ただ二人で食卓につきながら、高い声をするのも
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