痣《あかあざ》があり、唇《くちびる》は蒼《あお》ざめて厚ぼったく、めったにあわさらず、浮べる微笑もおずおずとしている。彼女は赤児を見守っている――ごく青いぼんやりした眼で、その瞳《ひとみ》はきわめて小さいがいたって物優しい。
 赤児は眼を覚して泣く。その定かならぬ目差《まなざ》しは乱される。なんという恐ろしさだろう! 深い闇《やみ》、ランプの荒々しい光、渾沌《こんとん》のなかから出てきたばかりの頭脳の幻覚、周囲にたちこめている息苦しいざわめく夜、底知れぬ影、その影の中からは、まぶしい光線のように強く浮かび出してくる、強烈な感覚が、苦悩が、幻影が、こちらをのぞきこんでるそれらの巨大な顔が、自分を貫き自分のうちにはいり込む意味の分らないそれらの眼が!……赤児は声をたてる力もない。彼は身動きもせず、眼を見開き、口を開け、喉《のど》の奥で息をしながら、恐怖のために釘付《くぎづけ》にされる。その膨《ふく》れた大きな顔には皺《しわ》が寄って、痛ましい奇怪な渋面《じゅうめん》になる。顔と両手との皮膚は、栗色で紫がかっており、黄っぽい斑点がついている……。
「いやはや、なんて醜い奴だ!」と老人は思い込
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