ン・ミシェルは腹立ちまぎれにいっそう太い声で言いつづけた。
「わしはどんなことをした報《むく》いで、あんな酔漢《よいどれ》を息子に持ったのか! わしのような生活をし、万事に不自由な目を忍んだのも、むだな骨折りだったのか!……だがお前は、お前は彼奴《あいつ》を制することができないというのか。なぜかって、そりゃあお前の役目じゃないか。お前が彼奴を家に引留めさえしたら……。」
 ルイザはなお激しく涙を流していた。
「このうえ私を叱《しか》ってくださいますな、私もうたいへん不仕合せですもの。私はできるだけのことはしました。ああ一人でいるとどんなに恐ろしい思いをしていますか、それを察してくださいましたら! いつでも階段にあの人の足音が聞えるような気がします。すると私は扉《とびら》が開くのを待ちます。まああの人はどんな様子で出てくるかしらと考えます。……それを思ってみるだけでも気がふさいできます。」
 彼女はすすり泣きに身をふるわしていた。老人は気をもんだ。彼は彼女のそばにやって来、その震えてる両肩に乱れた蒲団《ふとん》をかけてやり、大きな手でその頭をなでてやった。
「さあ、さあ、心配することはない。わしがついてる。」
 彼女は子供のことを思ってむりに気を鎮《しず》め、そして微笑《ほほえ》もうとした。
「あんなことを申しましたのは、私が悪うございました。」
 老人は頭をうち振りながら彼女を眺めた。
「かわいそうに、わしがお前にやった贈物はりっぱなものではなかった。」
「私の方が悪いんです。」と彼女は言った。「あの人は私みたいな者と結婚なさるのではありませんでした。自分のしたことを後悔なすっています。」
「何を後悔しているって?」
「それはあなたがよく御存じでございましょう。私があの人の妻になりましたのを、あなた御自身でも気を悪くしていらっしゃいました。」
「もうそんな話をするもんじゃない。なるほどわしは多少不満だった。あのような青年――こう言ったって何もお前の気にさわりはすまい――わしが注意して育て上げた青年、すぐれた音楽家で、ほんとうの芸術家で――まったく彼は、お前のように貧乏で、身分が違い、なんの技能もない者より、もっとほかの女を選むこともできたはずだ。クラフト家の者が音楽家でもない娘と結婚するなんてことは、もう百年あまりこの方|例《ためし》がないんだ!――それでも、お前も
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