たのである。するとクリストフはきっと話をせがんだ。二人の気持はたがいによく通じ合っていた。老人は孫にたいして深い愛情をいだいていた。そして孫のうちに熱心な聴衆を見出すことは、彼の喜びであった。自分の生涯中の出来事や、古今の偉人の話を、彼は好んで語ってきかした。そういう時彼の声は、調子づいてきて情に激していた。押えきれぬ子供らしい喜びに震えていた。彼は夢中になってみずから自分の言葉に聞きとれてるらしかった。語ろうとする時にあいにく言葉が見つからないこともあった。しかし彼はその失望に慣れていた。雄弁の発作と同じくらいに何度もくり返されたからである。そして話し始むればいつもその失望を忘れてしまったから、いつまでもそれを諦《あきら》めることができなかった。
 彼がよく話すのは、レギュリュスのことや、アルミニュスのことや、リューツォフの軽騎兵のことや、ケルネルのことや、皇帝ナポレオンを殺そうとしたフレデリック・スターブスのことであった。異常な武勇談を口にのぼせると、彼の顔は輝いてきた。荘重な言葉をやたらに厳《いかめ》しい調子でしゃべるので、まったく聞き分けられなくなるほどだった。そして彼は、聴手《ききて》が胸を躍らせる時分に少しじらしてやることを、上手《じょうず》なやり方と信じていた。彼は言葉を途切らし、息苦しそうなふうを装い、騒々しく鼻をかんだ。そして子供が、待遠しさのあまり息詰った声で、「それから、お祖父《じい》さん、」と尋ねると、彼の心は有頂天《うちょうてん》になった。
 その後、クリストフはだんだん大きくなって、ついに祖父の手段を見破るようになった。すると彼はもう意地悪くも、話の続きにたいして冷淡なふうを装うことを努めた。あわれな老人はそれに困らされた。――しかしまだ今のところでは、彼はまったく話手の自由になっていた。そして彼の血は、劇的な部分を聞くととくに躍りたった。もうなんという人のことやら、またそれらの手柄がどこでいつなされたのやら、あるいは祖父が果してアルミニュスを知っていたかどうか、レギュリュスというのはこの前の日曜に教会堂で見かけた人――その訳は神のみぞ知る――ではないかどうか、そんなことは彼には分らなくなった。彼の心は、また老人の心は、勇ましい手柄話になると、あたかもそれをしたのは自分たちであるかのように、自慢の念にふくれ上がった。なぜなら、老人も子供も
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