やぶ》に隠されてだれからも見られなくなると、にわかに様子を変える。まず立止まっては指を口にくわえて、今日はどういう話をみずから語ろうかと考える。頭の中にいっぱい話をもってるのである。もとよりその話はどれも皆似寄ったもので、また三、四行で書き終えられるくらいのものである。彼はそのどれかを選ぶ。たいていはいつも同じ話をとり上げて、それを前日話し残したところからやりだすか、または違った趣向をたてて初めからやりだす。新しい話の筋道を考え出すには、ごく些細《ささい》なことで十分である、ふと耳にした一言で十分である。
偶然の事柄からいつもたくさんの思い付が出てきた。垣根のほとりに落ちてるような(落ちていなければ折り取ってしまうのだが)、ちょっとした木片や折枝などから、どんなものが引き出されるかは、人の想像にも及ぶまい。それらのものは妖精《ようせい》の杖《つえ》であった。長いまっすぐなものは、鎗《やり》になったり剣になったりした。それを打振りさえすれば、多くの軍隊が湧き出した。クリストフはその大将で、先頭に立って進み、模範を垂れ、斜面を進撃して上っていった。枝がしなやかな時には、鞭《むち》になった。クリストフは馬に乗って、断崖《だんがい》を飛び越えた。時とすると馬が足を滑らした。すると馬上の騎士は、溝の底に落ち込んで、よごれた手や擦《す》りむいた膝頭をきまり悪げに眺めた。杖が小さい時には、クリストフは管弦楽団の長となった。彼は指揮者でありまた楽員であった。指揮し、また歌った。それから彼は、小さな緑の頭が風に動いてる藪に向かってお辞儀をした。
彼はまた魔法使であった。よく空を眺めながら大手を振って、大股《おおまた》に野の中を歩いた。彼は雲に命令を下した。――「右へ行け。」――しかし雲は左へ動いていた。すると彼は雲をののしって、命令を繰返した。自分の命令に従う小さなのでもありはすまいかと思って、胸を躍《おど》らせながら横目で窺《うかが》った。しかし雲は平然と左の方へ飛びつづけた。彼は足をふみ鳴らし、杖を振り上げて雲をおどかし、左へ行けと怒って命令をかけた。するとこんどは、雲はまったくその命令に服した。彼は自分の力に喜んで得意になった。お伽噺《とぎばなし》で聞いたように、金色の馬車になれと命じながら花にさわった。そして実際にはそういうことは起こらなかったけれど、少し辛抱していればき
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