忍び出る。小さな素足で無器用に床石《ゆかいし》をたどりながら、階段を降りて見に行きたくなる。しかし扉は閉《し》まっている。それを開くために椅子《いす》の上にのる。とたんに何もかも引っくり返る。身体を痛めて彼は泣き声をたてる。おまけにまた打たれる。いつでも打たれるのだ!……
彼は祖父といっしょに教会堂にいる。退屈してくる。たいへん気づまりである。身動きすることも許されない。会衆は彼に分らない言葉をいっしょに言い、それからまたいっしょに黙ってしまう。皆おごそかな陰気な顔をしている。平素の顔付とは違っている。彼はおずおずと人々を眺める。隣家のリナ婆《ばあ》さんは、彼の横にすわって、意地悪そうな様子をしている。時とすると、祖父までが見違えるような様子になる。なんだか薄気味が悪い。けれどそのうちには慣れてくる。できるだけのことをして退屈をまぎらそうとする。身体を揺ったり、首をまげて天井を眺めたり、顔をしかめたり、祖父の上着を引っ張ったり、椅子《いす》につまっている藁《わら》を調べたり、指先でそれに穴を開けようとしたり、鳥の声に耳を傾けたり、また頤《あご》がはずれるような大|欠伸《あくび》をする。
突然どっと音響がする。オルガンがひかれてるのである。彼は背筋にぞっと戦慄《せんりつ》を感ずる。ふり向いて椅子の背に頤をのせる、そしてごくおとなしくしている。彼にはその音響がさっぱり腑《ふ》に落ちない。それが何を意味するのか少しも知らない。それはただ輝き渦巻いて、何にも見分けられない。けれども快いものである。もう一時間も前から、退屈な古い家の中で、ぎごちない椅子にすわっていること、その気持がどこかへ行ってしまう。鳥のように空中に浮かんでる気がする。そして音響の大河が、いくつもの丸天井を満たし、壁にはね返されて、会堂の隅《すみ》から隅へ流れわたる時には、自分の身体もそれに運ばれ、翼を搏《う》ってあちらこちらと飛び回り、その誘いに身をうち任せるのほかはない。自由であり、幸福であり、日が輝いている……。彼はうつらうつらと居眠りをする。
祖父は彼にたいして不満である。彼はミサに列して行儀が悪い。
彼は家にいて、両手で足をかかえ床《ゆか》にすわっている。靴拭蓆《くつふきむしろ》を舟ときめ床石《ゆかいし》を川ときめたところである。蓆から出ると溺《おぼ》れてしまうと考えてるらしい。他の人
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