が、いかなる価においても生きんとの欲望を、彼の心のうちに復活せしめた。暗夜森林の奥において、彼はおのれのうちにある神の声を聞いた。それは戦いの神であり、また力強い生命それ自身であった。かくてふたたび甦《よみがえ》った彼の前には、すでに新らしい時代が開けていた。しかもそれは戦《いくさ》の時代であった。各民族が内部の力の充実によって、古くから沈滞している血潮を沸騰せしめながら、おのれの生を拡大せんとする復興の時代であった。若きフランス、若きドイツ、若きイタリー、皆そうであった。火は燃え上がり始めんとしていた。陰鬱《いんうつ》な灰色のうちに沈んでいたヨーロッパが、今や火の飼食《えじき》となろうとしていた。国民的大戦争はただ偶然の口火を待つのみであった。ジャン・クリストフは、そういう国家的利己主義の前に戦《おのの》いた。彼にいわすれば、ドイツとフランスとは、たがいに相補って欧州文明の双翼となるべきものであった。両者を距《へだ》つる国境は撤せらるべきものであった。すでに一つの国境が撤せらるれば、他のあらゆる国境も撤せられなければならない。そして後人類は初めて平和のうちに相愛するであろう。しかしな
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