ということになった。
銀座の、女給のいない静かな家を私は選んだ。彼の話でもゆっくり聞くつもりだった。彼が卒業後、神戸の或る会社に勤めてることは、人づてに聞いていた。彼はそこを一年ばかりでやめて、南洋に渡り、ゴム栽培だの珊瑚採集だのに手を出したとか、それも甚だ怪しい話で、結局つまらなくなって戻ってき、こんどは満洲に行く筈とのことだ。然し、東京で相当の就職口があれば、満洲の方は断ってもよいと云うのだ。
一度放浪した者には東京での就職は無理だろう、というようなことから、酒間の冗談に、私が某会社の重役となり、彼が学校出たての青年となって、口頭試問をやってのけた。
「どういうわけで、君は本社にはいりたいのかね。」――そして私は、和服なのを洋服のつもりで肩をいからし、大仰に左の耳を彼の方に差出した。
「御社が気に入ったからです。」
「うむ。ただ気に入った、だけでは分らないが、どういうところが気に入ったかね。」――私はまた左の耳を彼の方に差出した。
「営業方針が堅実だからです。」
「なるほど、そう見えるかね。」――私はぐっと反身になった。
「ところで、君は何か趣味……興味というものを、もってるだ
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